自己紹介

自分の写真
SAPPORO, HOKKAIDO, Japan
ブログ参照して下さい。
◆春 象1963生。23歳でグラフィックデザインプロダクション起業。1997年に、春象として2重活動開始。2013頃から脳に障害、治療のため休業。リハビリ開始。そして2017復活(するぞ!)ポートレート撮影、画像合成、取材、デザイン仕事引き受けます。

ノンジャンルで選出したギャラリーページは下のバナーから。

ノンジャンルで選出したギャラリーページは下のバナーから。
Essay photographer SHUNZO 春象の写真まとめサイトは上のバナーからどうぞ。

2010年8月21日土曜日

【自宅警備日誌.2】アニメ「魔法遣いに大切なこと〜夏のソラ〜」あの、木にあってきました。

原作者は山田典枝、その脚本を元に、よしづきくみちの作画による最初のシリーズ『Someday's dreamers』の漫画が富士見書房『月刊コミックドラゴン』で、2002年12月号まで全7話連載。岩手県遠野に住む魔法遣いの主人公が魔法労務士免許取得研修を受けるため上京し、研修中に出会う人々と触れ合うことで成長する姿を描く。(wiki抜粋)てことだけど、アニメ観たあとに古本屋で買った単行本(2冊)はたしかに岩手県舞台だったな。で、2008年、テレビアニメ版第2弾『魔法遣いに大切なこと 〜夏のソラ〜』を発表。映画公開に先駆け、同年7月より放送されたのだが、自分が好きなのはこのアニメの方である。

「魔法遣いに大切なこと〜夏のソラ〜」は、主人公の実家が北海道の美瑛という設定。北海道生まれの自分的にはソラがごはんを食べるシーン「やっぱ、みそ汁はトーフとなめこだべさ」や農村風景、母親とのやり取りに愛着を感じたが、方言の設定がいまひとつ違和感があったw

さて、そんなことはどうでもよく、「まほうつかい」がテーマのアニメにはめずらしいリアルな環境設定と、リアルな人間の心もようが描かれ、思春期から社会デビューへと向かう少年少女のいらだちや、友情が芽生える事で、変わってゆける歪んだこころとか、気に入らない自分と向かい合う事の大切さ、いらぬおせっかいや、必要な心遣い等、ちょこちょこと泣かされた背筋の伸びる秀作アニメだと自分は思う。背景処理が写真を加工したものと思われる不思議な世界であったが、美瑛の抜けるような空の風景や、農作業風景はすばらしい。そして対照的にソラの研修先、下北沢の猥雑で楽しげなストリートが対照的に雰囲気が良く出ていたと思う。

そうして、あれやこれやと、お話にどんどん引き込まれながら観て行くうちに出てくる主人公死亡フラグ。12話に出てくるあの大きな楡の木にあってきましたよ。ソラのパパもソラも宿っているだろう(1話で、魔法事務所の研修先が決まった時に、亡くなった父親への報告に向かった先の大きな木)あの木ですよ。近所には、おそらく主人公の実家設定の家もありましたよ。で、研修先や魔法学校でソラに出会っていじけ虫から、さわやかに生まれ変われたクラスメイトの緑川豪太が、亡くなったソラに逢いにその木のところまでバイクでいくんですよ。そのシーンでけっこう泣けちゃって...自分がその木を見に行ったときも、めちゃめちゃよい天気で、感動しましたぁー。一応個人所有の農地なので、中までは入らず、道路側からそっと眺めたんですけどね、1話と同じアングルかと。そのビデオをちらりとお見せしちゃいます。てか、縦横比狂って縦長勘弁ですw


『魔法遣いに大切なこと 〜夏のソラ〜』を知らない人は、ぜひ機会を見つけて観てほしいなと思います。心あたたまりますよ。涙もでちゃいますが。ぜひ、DVDなどでご覧ください。
下北沢のストリートミュージシャンYASUKOを演じるのはシンガーソングライター “micc(ミック)も、しみじみとボソボソといい味だしちゃってますよ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

フォロワー

경고!

Google의 자동 번역 종종 잘못 됐어. 이것은 아주 무서운 일이있다. 민감한 주제 문장이 올바르게 번역되지 않습니다. 그것은 사람 일본어 일기를 읽을 수 없습니다 권장하지 않습니다.

警告!

谷歌的自动翻译往往是错误的。 这是一个非常可怕的事情。上下文敏感的话题不会被翻译正确。 这是人谁看不懂日语日记不建议。

WARNING!

Google's automatic translation often wrong.
This is a very scary thing. Sensitive topic sentences are not translated correctly.
It is not recommended for those who can not read Japanese diary.
筋を通せる世界の狭さに気づいたとき、世界は既に誰かの縄張りである事に気づく。いわゆる、実行支配、すべてがそのようだ。永い長い歴史の中で、人の思考も心も人生そのもの、ライフスタイルも、感情も、文化も歴史も食物も医療も司法も、立法も、あらゆるイズムも宗教も、実行支配の手段でしかないのかと辟易もするが、与えられた物事に対する感謝と存在に対する喜びを感じる気持ちは捨てたくない。在るべくして在るこの世のすべて、森羅万象に挿げ変わる、人造の神々たちの戯れに、いかに穏やかに楽しく、かかわってゆけるかが価値観だ。あらゆるドグマを笑い飛ばしつつ、潔癖性で臆病な自分の殻をどこまで超えられるか........日々是精進また精進。音楽鑑賞に自家中毒感傷、アニメ鑑賞と女性鑑賞、時に内政干渉と権力者の謀略に官省...w